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「川喜多半泥子のすべて」展
友人からの招待券を持って「川喜多半泥子のすべて」展に行ってきた。

「東の魯山人、西の半泥子」と言われる趣味人として
名前は聞いていたが、実際に作品を見たことはなかった。

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魯山人が好きでないので、実は余り期待せずに出かけたのだった。

だが、最初に目に入った黒織部茶碗「富貴」に心を奪われた。

抹茶が入ったらどんなだろう...
手で持ったら...これでお茶をたてて飲んでみたい...






志野、唐津、備前、高麗...   すごい!
ひびや歪みを良しとして包み込む大らかな茶碗は
四方から愛でることの出来る展示法のお蔭で心ゆくまで楽しめる。

大胆な刷毛目や釉薬も良かったが、
インド象ガチャコ(日本名花子)にちなんだ茶碗「雅茶子」の高台には
象の足が目に浮かんでふっと頬がゆるんだ。

そして圧巻は、「慾袋」を始めとする水差しの数々。
何事にも捕われない自由さ、奔放さに秘められた
品のよさとユーモアの精神がみなぎっている。

川喜多半泥子(1878~1963)は津市の素封家に生まれ、
戦前戦後の財界で活躍した人であると共に文化事業に力を注ぎ、
後の人間国宝、荒木豊蔵、金重陶陽、三輪休雪を支援したことでも知られる。

国立西洋美術館を始め、出光美術館、ブリヂストン美術館、山種美術館、
五島美術館、大倉集古館、静嘉堂文庫、戸栗美術館など
現在私たちが恩恵を受けているコレクションは
一昔前の財界実業界の人々の尽力の賜物である。
今、文化の後押しをする人材、特に財力のある人材がないのは悲しいことだ。
すべての人が均等に豊かになるのも良いことなのだろうが...。

半泥子の自宅や息子の家を模った香合、梅の古木による茶杓も気になったが
次の予定があり心残りのままに会場を後にした。

半泥子とは 「何事もおぼれるほど熱中するでなく、
          半分は客観的にみつめるべし」 という意味だそうだ。
何事にも熱中することが出来ず、中途半端な私自身をちょっと肯定してもらった気がした。

家に帰って、久しぶりに開発文七さんの水差をだし寒緋桜を投げ入れてみた。

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by sawa_keura | 2010-03-03 15:07 | 観る
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